2003年11月2日(降誕前第八主日)
ルカ11:14-18を通して、主の祝福のみことばを学びましょう。
ここには、初めに、主イエスが、悪霊にとりつかれた者をいやされた事がしるさ れています。
--『さて、主イエスが悪霊を追い出しておられた。それは、言葉を言えなくする霊で あった。悪霊が出て行くと、言葉の言えない人が物を言うようになったので、群衆は 不思議に思った。』 (ルカ11:14)
この主イエスのいやしの業をきっかけにして、論争が始まりました。ルカ11:15- 16によると、この論争の中身は、主イエスが、このいやしの業を、悪霊のかしらであ るベルゼブル (家の支配者もしくは家のバール (あるじ) の意) によって、行なって いるのだろう、と言うものでした。
--『その中のある人々が、「彼は悪霊のかしらベルゼブルによって、悪霊どもを追い 出しているのだ」と言い、またほかの人々は、イエスを試みようとして、天からのし るしを求めた。』 (ルカ11:15-16)
主イエスは、この論争を聞いて、ご自分のいやしの業は、悪霊のかしらベルゼブ ルの力を借りて行なっているものではない、と言われます。即ち、主イエスは、ご自 分が、悪霊のかしらベルゼブルの力によって、悪霊からのいやしの業を行なっている とすれば、悪霊の国の中で、分裂と対立が起こることで、悪霊の国と世界は成り立っ ていかないのだ、と言われます。
--『しかし、イエスは、彼らの思いを見抜いて言われた、「おおよそ国が内部で分裂 すれば自滅してしまい、また家が分かれ争えば倒れてしまう。そこでサタンも内部で 分裂すれば、その国はどうして立ち行けよう。』 (ルカ11:17-18)
ここで、はっきりしていることは、悪霊の国は、当時、人にとりつくものと考え られていたことです。また、その悪霊の国の中では、悪霊は分裂や対立をしているの ではなく、悪霊のかしらを頂点に統一されていると言うことです。そして、この悪霊 の国が、かしらのベルゼブルを頂点に、ひとつにまとまっている姿とその力は、当時 の人々に病をおこし、人間に相当の力を加えるものと考えられていました。
主イエスは、この人間に相当の力を加えるもの、即ち、悪霊の国と力に対抗し、 これを打ち破り、人々をいやし、祝福の道へと進ませられたのです。
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きょうのルカ11:14 の日本語訳は「さて」となっていますが、原文では、力点を 置いた「そして」となっています。すなわち、この意味は、14節から「さて」という 、前とは別な話題に転換しましょうと言うものではなく、この力点を置いた「そして 」によって、きょうの14節以下の物語は前と深くつながっていますよ、と言うことで す。
きょうの前の段落にあたるルカ11:1-13 にはなにが書かれているのでしょうか。 即ち、
i)前の段落には、主の祈り(11:1-4)があり、
--『そこで彼らに言われた、「祈るときには、こう言いなさい『父よ、御名があがめ られますように。御国がきますように。わたしたちの日ごとの食物を日々お与えくだ さい。わたしたちに負債のあるものを皆ゆるしますから、わたしたちの罪をもゆるし てください。わたしたちを試みにあわせないで下さい。』」』 (ルカ1:1-4)
ii) そして、真夜中にも求めるべきこと (ルカ11:5-8) が続いて語られ、すなわち、 ルカ11:5-8では、ルカ18:1-8とほぼ同じ内容で、神に望みを置いて常に祈るべきこと を語り、
--『また、イエスは失望せずに常に祈るべきことを、人々にたとえで教えられた。』
(ルカ18:1)
iii)そして、求めるものに、神は御国を祝福して下さる (ルカ11:9-13)、
--『そこでわたしはあなたがたに言う。求めよ、そうすれば与えられるであろう。捜 せ、そうすれば見いだすであろう。すべて求めるものは得、捜すものは見いだし、門 をたたく者はあけてもらえるからである。 (中略) このように、天の父はなおさら、 求めて来る者に聖霊を下さらないことがあろうか。』 (ルカ11:9-13)
ことが順次しるされています。
これらは、きょうのところと、「そして」で深くつながっているのです。即ち、 悪霊の国と力がふるい、私どもが悪戦苦闘している、いま、この時にも、主イエスを 通して、『神の国』が、求める者の上に来ているということです。すなわち、神は、 主イエスを通して、求める私どもひとりひとりの望みの根本となっていて下さるので す。
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きょうのところは、前の段落ばかりではなく、後の段落とも深くつながっています。 特に、ルカ11:20 とは深く関連しています。
--『しかし、わたしが神の指によって悪霊を追い出しているのなら、神の国はすでに あなたがたのところにきたのである。』 (ルカ11:20)
主イエスは、人間らしく生きることの難しいこの地も、言うならば、悪霊の国が 分裂しているのではなく、ひとつになって、人間に大きな力をふるっている、この地 、この時にも、神のみ国がすでにあなたがたの所にきたと言って下さっているのです 。
主イエスの祝福して下さる、いまここにある神のみ国の助けと力を得て、また、 望みを得て、今週も、力強く生きていきましょう。
お祈りを併せましょう。
「み国という祝福を与えたもう主イエスよ。
私どもは、しばしば悪戦苦闘して、立ち往生します。
しかし、この地、この時にも、あなたがみ国の祝福をもって、望みに生かして下さい ます。
私どもは、様々な、また、大きな力の支配の下にあえぐことしばしばですが、あなた のみ国の祝福と望みに、今週も生かして下さい。
主イエス・キリストのみ名によって、お祈り致します。」
アーメン。